木漏れ日blog

暮らしにひそむ小さな発見と知見

風俗はやめてなんて簡単に言えない

『明日、私は誰かのカノジョ』という漫画を読んで、’もし友達が風俗で働いていたとしたら、私はどんな言動をするだろう’ということを考えた。

 

この漫画にはそれぞれの悩みを持ちながら生きている女の子たちが描かれている。そのなかには様々な理由で風俗やパパ活、レンタル彼女を行っている子たちがいる。

 

私は、恵まれた環境で生きている。大学の学費を親が払ってくれて、学生のうちに1人暮らしするとなれば仕送りをしてくれるだろう。

恵まれているからこそ、隠す必要がないような健全なバイトだけで生活ができる。お金に困ったときも生死につながったり、助けてくれる人がいないわけではない。

 

このような恵まれている私が、身体を売って仕事する友達に何を言おうというのだろう。その友達が自分と同じように恵まれた環境で育っているか分からないのに。

 

学生がアルバイトで稼げる額には限界がある。大学の学費、生活費、その他必要経費を全部自分で払わなければいけない状態になったとしたら、普通のアルバイトだけでは回らない。そうなるとお給料の高い仕事を求めることになるだろう。

 

全て自分の力だけで生活している友達が、生活するために、生きていくために身体を売るお仕事をしているとする。その子に対して、仕事をやめた方がいいなどといい加減な説教をするのは自己満足だ。仕事を辞めさせたところでその子はどうやって生活を送るのというのだろうか。減ってしまった分のお給料をあげるから身体を売る仕事はやめて、と言うのなら納得できる。仕事を辞めた後のことまで一緒に考えなければ、たとえ相手を想って出た言葉であっても、ただ自分本位なだけだ。自分中心の基準で相手に助言すると相手を傷つけてしまうことがあるのだ。

 

しかしやはり、自分にとって大事な人であればあるほどに、危ない目にあってほしくないと思いで仕事をやめてほしいと願うだろう。しかし、自分に何ができるのだろうか。これはお金の問題だ。学生のうちであれば経済的余裕もないだろうし、あったとしてもそれを相手が受け取り解決するのだろうか。

 

環境によって危ない仕事をせざる終えなくなった若者たちを誰が救えるのだろうか。

依存とないがしろの狭間でー恋人ー

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現在、様々な恋愛特集や記事があり、そのタイトルについつい惹かれて記事を開くという経験がある人は多いのではないだろうか。

 

そうした記事の1つとして、長続きする方法で’恋愛脳になりすぎない’という言葉を見かけたことはないだろうか。これは恋人に依存するのではなく、趣味や友達、1人の時間も大切にするという教えだ。ネットの記事とはいえ、これはもっともだと思う。他の記事でも書いたが、1つの柱に執着するのではなく、数本の柱を作ってあげると、つまずいたとき大怪我になりにくい。恋人以外にも好きなモノや時間があると、恋人は依存の対象ではなく、1つの大切な居場所となるので、心に余裕が生まれお互い良い関係が築けるだろう。

 

しかし、’恋愛脳にならない’ということは恋人をないがしろにするというわけでは絶対にない。恋愛脳にならにように、恋人との時間や連絡を大切にしなくなるのは間違っている。

 

恋人が好きで長く続きたい、負担に思われたくないと思ったゆえの行為であっても、相手はそうした態度に冷たい、大切にされていないと感じるだろう。

 

恋愛以外の柱は数本あったほうがいい。その柱のなかで太さや高さに違いをつけてもいい。しかし、大切なものの優先順位は間違えてはならない。

 

恋愛脳にならないとは、恋人と会っていない時間は恋人を自分の中でないがしろにしておくということではない。大切なものを恋人の存在だけでなく、他にも持っているということだ。

 

一本の大黒柱より柱は数本あったほうが生きやすい

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大学1年のKくんは、高卒で社会人になった友人たちが仕事に対してストレスを感じ行きたくない、辞めたいと悩んでいる姿をみて、社会人になることに怖さを覚えた。

 

”社会人になれば仕事をしなければならない、でもそんなに苦しいならどうやって生きていくのが正解なのだろう”と友人の姿を見て将来に不安を感じた。

柱の数

学生から社会人になると学校から仕事場へと生活の軸が大きく変わる。仕事をして稼ぐことは生きていくために必要なことであり、仕事をする時間は1日の大半を占めることになるだろう。だからこそ、仕事が生活の中心になり、いつしか仕事に生活が支配されるということがよく起こる。

 

時間的にみると生活の中心が仕事になっても仕方ないとも思うが、気持ちの感覚的に仕事を中心する必要はない。

 

恋愛で、長続きする方法として’恋愛脳になりすぎない’という説がある。これは恋愛を自分の生活の中心にするなど恋愛に依存しない方がうまくいくということだ。趣味や仕事、1人の時間、友人・家族との時間、といったように、恋人との時間の他に自分が大切にしている人、モノ、場所に使う時間を持つことで、自分の中に恋人という柱だけでなく、他の柱も立つ。そうすることで恋人に依存するのではなく、自分の居場所の1つとすることができる。もちろん彼氏、彼女がお互いに恋愛脳であれば、長続きするのかもしれないが...

 

この数本の柱を持つということは仕事に対しても役に立つ考え方だろう。柱が仕事だけだと、その仕事が楽しくないと生きていることが楽しくないということになってしまう。仕事で嫌な事やうまくいかない事があったとしても他の柱があれば、支えることも補うこともできる。仕事という柱が折れてしまっても、それを修復するまで他の柱たちがあるおかげで’生きることに絶望する’とまではいかないだろう。

 

自分の価値観を自分自身は理解できてる?

はじめに記述したK君に声をかけられるなら、”あなたの仕事に対する価値観を教えてほしい”と言いたい。

 

仕事への価値観は人それぞれだ。仕事を一本の大黒柱にして生きていきたいと思う人もいれば、仕事はお金のためであり、仕事以外の時間を大切にしたいと考える人もいる。しかし、社会人になりたての頃は、その価値観が自分の中で定まっていないまま、無我夢中で仕事をして、いつのまにか柱が仕事しかなくなっていたということが起こりやすい。だから、社会人になる前に自分の中で現時点での仕事の位置づけをすることは大切だ。

 

大学3年生のAちゃんは仕事に対して次のような考えを持っている。

 

Aちゃんは仕事は料理と同じだと話す。

「生きていく中で’食’は大切だ。人は一日だいだい3食食べる。今はスーパーやコンビニに豊富な種類のお惣菜もあるし、美味しい飲食店もある。でも料理ができたら節約にもなるし、’食事’がもっと豊かになると考える。だから、料理を味方にして楽しいと思えるように料理を練習している。仕事も同じだ。一日のなかで仕事をしている時間は長い。だからいやいや仕事をするよりも、ちょっとでも楽しいと思えたり、今日も仕事頑張ろうと思って会社に行きたい。仕事は味方にまでならなくてもいいけど敵だとは思いたくない。」と、Aちゃんは話す。

帰着点

人それぞれ仕事に対する考えがある。大切なのはそれをきちんと自分自身が理解できているかということだ。大切なモノも人も時間も1つじゃなくていい。たくさんあればあるほど人生は豊かになるだろうし、どれか一つ柱が折れても’人生積んだ’レベルの大ごとにはきっとならない。

 

多様性を大事にした結果、柔軟な考え方が出来なくなる時

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時代の風潮に

色んな人と出会うと、色んな人がいるという当たり前のことに気が付く。

 

人は様々なバックグランドを抱え、それぞれが持つ考え方や世界の見方がある。だからこそ、多様性を求める風潮は、これまで生きづらさを感じていた人が個性を出せるようになるかもしれないし、もっと広まればいいなとも思う。

 

しかし、そうした風潮にただ流された、表面的な多様性を押し付ける人もいる。

整形に反対?賛成?

近年、医療の発達により高い技術の整形を安価に受けられるようになっている。’プチ整形’という言葉があるように、金銭的にも精神的にも手を出しやすくなっている。

 

しかし、整形をした人への風当たりが強いことは否めない。SNSで整形したこと、整形していたことを報告または暴露という形で表にでると、非難の声をコメント欄で見かけることがある。整形に賛成派のAちゃんは「作り物」「だまされた」「親からもらった身体なのに」そんな言葉を見るたびに違和感を覚えていた。

 

メイクは作り物ではないのか、ピアスをつけるために耳に穴をあけることは身体にメスを入れるのとは違うのか、可愛く・かっこよくなりたい。コンプレックスを解消したいという気持ちから整形に手をだすことは非人道的なのか。

 

日本を出れば、就職のために整形する、整形は当たり前とする国もある。

 

Aちゃんは、整形に反対する人は多種多様な人や文化を認めず、考え方が古いと非難する。しかし、これこそが多様的な考え方を勘違いし、結果何となくの正しさを押し付けているだけなのだ。

 

Aちゃんは、いろんな文化を知ることで日本での当たり前が当たり前じゃなくなると考えている。また、’整形は高額な費用を払って顔を作り変える’と認識されていたが、医療技術の発展により、その考えは古い。だから、整形は賛成であり、それこそが柔軟な考え方だと主張する。Aちゃんの考え方は柔軟的にみえて、実はそこまで柔軟ではない。

 

反対派を古いと決めつけるのは、自身の正しさを押し付けているだけだ。

 

反対派にはきちんと理由を持って反対している人もいる。Aちゃんがばかにした「作り物」「だまされた」「親からもらった身体なのに」というコメントを残した反対派にはちゃんとそう思う意見があるのかもしれない。

誰が柔軟な考え方を持てるのか?

柔軟な考え方を持つということは、自分とは異なる意見を持つ相手に耳を傾けられるということだ。賛成派が反対派の、反対派が賛成派の意見や考えに耳を傾けることで、この場合、賛成派・反対派どちらも柔軟な考え方を持とうとしていると言える。

 

賛成することが多様性を認めていると勘違いしている賛成派や、自分の考えが絶対のように非難のコメントをする反対派は、ただ自分の正義を振りかざす凝り固まった思想の持主なのだ。

 

枝垂桜と春の顔

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枝垂桜をみると心が惹かれる。

 

桜は春を象徴する桜であり、満開の桜は明るく満ち溢れるエネルギーを感じられる。満開の姿が美しく、新しい出会いや新生活が始まる春にぴったりの花だ。

 

一方、枝垂桜を見ると、どことなく寂しいような、空虚な気持ちにさせられるのはなぜだろう。満開であっても、その姿はソメイヨシノのような明るく、エネルギッシュとはまた違うオーラをまとっている。

 

枝垂桜は、春という季節のもう1つの顔である別れや旅立ちを表しているのではないだろうか。春は新しい出会いや生活によるワクワクや緊張といった感情と同時に、これまで一緒にいた人や思い出の場所から離れることもある季節である。

 

枝垂桜は、そんな春という季節のはかなさを表すように静かにたたずんでいるように思えるのだ。

 

 

万人に共通するの正しさなんてないー多様性を持ちやすい時代に生まれた若者と頑固おやじー

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若者2人の対話

「固定観念にとらわれて自分が生きてきた世界の正しさを押し付ける大人にはなりたくない。」

 

そう口にした21歳の彼は、人の言葉によく耳を傾け真っ向から否定せず受け止めるやさしさをすでに持ち備えている。

 

そんな彼に対して「でもその正しさを当たり前として生きてきたならそれと変わる正しさを受け止めるのは難しいんじゃないかな」と答える21歳女性。

 

柔軟な考え方を持つことの難しさを主張した21歳の女性は、自分自身がというわけではない。彼女は相手の視点にたち、自分の些細な言動が相手を傷つけないか常に気を付け、色んな人の意見を受容したいという考えを持っている。

 

そんな彼女だからこそ、’今まで当たり前とされていた正しさが否定され新しい正しさを受け入れることを世間に強要されている’人たちに対して理解を示す発言をしたのだろう。

頑固おやじの心の内

彼女はある1冊の漫画に出会い、自分の正義を振りかざす人側も受容する考えを持つようになった。

 

雨瀬シオリ著『ここは今から倫理です。4』のなかで時代錯誤な発言ばかりして嫌われてる大学教授の心の内が描かれていた。

 

大学教授は「正しさがこんなにも早く変わるもんかね、人間は何一つ変わってないのに。俺は’先生’をやっていて疲れちまったんだよ。昨日と違う次の’正義’に合わせる事、その次の’正義’に合わせる事。そんなことしてたらいつか自分の’芯’がバキバキになっちまうよ。嫌われたっておれは自分の正義が一番いい」とつぶやいた。

 

彼女は大学教授の心の内を聞いて、彼が貫いている正義も受け止めたい、受け止めるべきだと思ったのだ。

 

おかしな話だ。柔軟な考え方を持つことが大切とされ、多様性を重視した考え方を突き詰めた結果、自分が生きてきた世界が正しいと主張する人までを、よしとせざるおえなくなる。

 

そうなると自分は多様的な考え方をするけど、そうじゃない人がいてもいいとなるのか。ではいったいどれくらいの人が多様性な考え方を持とうとしているのだろう。そんな曖昧で、男性の育児休暇取得や働きながら育児可能な社会を実現して少子化を止めることなんでできるのだろうか。LGBTの方たちが挙げている声にちゃんと応えることできるのだろうか。

 

ラッキーな時代に生まれた若者たち

20代の彼らが、柔軟な考え方を持つことが重要と考えることが出来るのは、そういう時代で育ったからではないだろうか。少子化を止める、労働人口を上げるために仕事と育児の両立が必要とされ、これまで育児とは遠い距離にいた父親の育児参加が求められた。また、LGBTの問題があかるみになったり、コロナウイルスによりこれまでの生活形態や働き方が変化せざる終えなくなったり、’どう考えても変革が必要だよね’とされている時代に生まれたからこそ彼らは柔軟な考え方を持とうと思えているのではないだろう。

 

これは’時間の問題’で片付けてもさほど的はずれだとは思わない。これからも、柔軟な考え方が求められ続けるだろう。そうなれば、これからも20代の彼らのような思想に自然となる若者が増えていくのではないだろうか。しかしこれだと、時代まかせな気がして、自分の正しさを絶対とする頑固モンと変わらないじゃんと思うし、頑固モンがいなくなるのを待っているような表現にもなる。しかし、そのような誰かを排除したいというような思想でなはく、ただ、生きずらいと感じる人、マイノリティだからといって個性をなくそうとする人が、減ればいいなという願いから生まれた思想であり、そこには生きづらさを感じてる頑固モンも含まれている。前述した21歳の彼女によって、柔軟な考え方があれば、頑固モンの視点に立った考え方だってできることころもわかる。

 

かなりすごい武器だと思う。それなら時代の流れがいい方向になっていると思っていいんじゃないかな。

 

四季を感じる和の造り*『稲城天然温泉 季乃彩』に行ってきました!

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東京都の南多摩駅から徒歩5分に位置する『稲城天然温泉 季乃彩』に行ってきました!

この記事では稲城天然温泉の概要と施設の使い方などをまとめた体験レポを記述していきます。

施設概要

・東京都稲城市にある日帰り温泉施設

・源泉かけ流しの湯

体験レポ

人物像

・大人一人

・車

・平日

・温泉のみ(岩盤浴なし)

駐車場

稲城天然温泉無料駐車場(198台)

 

*右折侵入できないため、川崎街道側から行く必要がある

入店

受付で靴箱の鍵を預かってもらい、精算のためのリストバンドをもらう

 

*精算は帰るときに行う

温泉へ

源泉かけ流しの露天風呂、内風呂、サウナが楽しめる

 

*2月に行ったときは、露天風呂ちかくに小さな虫がたくさん飛んでいて気になった

*ドライヤー完備

休憩所

壮大な風観の「展望の間」、癒しの空間「くつろぎの間」、横になれる「ねころびの間」がある

 

*それぞれ椅子の数が多く、スペースも広いので混雑していても問題ない

*くつろぎの間には漫画や雑誌がそろう。また、テラス席もある

*ねころびの間は女性専用のスペースがある

退店

精算して、靴箱の鍵を受け取る

ポイント

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・施設の至るところに和を感じる造りが施されており、とても落ち着く空間でした

・ただ1つ気になった点は、私が訪れた2月の時は露天風呂にたくさんの小さな虫が飛んでいたこと

・休憩所が充実している

・荷物を預けられる鍵付きロッカーあり