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東大生の努力は”恵まれた環境”のうえで成り立っている?

”あなたたちは頑張れば報われる、と思ってここまで来たはずです。……頑張ったら報われるとあなた方が思えることそのものが、あなた方の努力の成果ではなく、環境のおかげだったことを忘れないようにしてください。”

                   (上野千鶴子(2019年度東京大学学部入学式祝辞より))

 

上記に引用したものは2019年度の東京大学の学部の入学式で、上野千鶴子・東大名誉教授(社会学:ジェンダー論)が祝辞として述べた一節である。

 

ある意味ではその同世代の学力競争を勝ち上がった者たちといえる「東大生」に、入学式という晴れ舞台で、まるで彼らの努力を否定するかのような言葉である。

 

しかし、社会学の立場からすれば厳然たる事実である。

 

経済的格差文化資本の格差の2つの視点から、「東大生」の努力はその環境のうえで成り立っているという事実を説明するとともに、貧困層と富裕層の教育における格差について触れる。

経済的格差 

 

はじめに、経済的格差という視点から、「東大生」がどれほど経済的に恵まれた家庭環境にあるのか、ということを数値を使って説明する。

 

まず、日本国民平均所得をみる 

下記の示すグラフは、厚生労働省による調査「国民生活基礎調査(2018)」の所得金額階級別世帯数の相対度数分布である。つまり、国内全体の平均所得分布である(単独世帯、子なし世帯含む)。

 

グラフから明らかなように、国内全体の世帯所得の平均金額は551万6千円である。(青色のグラフ)

中央値は423万円である。               

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下記に示すグラフは、日本国民で年収950万円以上の世帯数を示している。(水色のグラフエリア)

 

950万円以上の世帯は国民の約12%である。

現在、高校の無償化対象となる世帯の年収は約910万円未満であるため、国民の約9割の世帯は、無償化の対象となっていることになる。

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次に、東大生の家庭の世帯年収額分布を見る。

下記のグラフは東大生の家庭の世帯年収額のグラフである。

東大生の世帯年収の平均年収額は約1,000万円である。

また、東大生は年収950万円以上の世帯は6割を超えている。(濃い緑のグラフエリア)

 

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【まとめ】

・国民全体の世帯所得の平均金額は551万6千円であるのに対して、東大生の家庭での世帯年収の平均は約1,000万円

 

・950万円以上の世帯は国民全体は約1割であるのに対して、東大生の家庭では約6割

 

 

*あくまで、東大生の家庭の世帯年収と国民全体(単独世帯、子なし含む)の世帯所得であるため、単純な比較はできないが、東大生に富裕層が集中していることはたしかである。

(ちなみに、国税庁の民間給与実態調査によると、令和元年における日本人の平均年収約436万円である)

 

 

以上のことから、東大生の家庭は富裕層が多く、経済的に恵まれた家庭で育った人が多いことがわかる。 

では、家庭の経済的格差は教育格差につながるのか。

 

塾代、家庭教師代、参考書、受験料…等々勉強や受験にかけられる費用に差が出る。

また、現在では受験形態が豊富になり、お金を出せば(受験料)受験回数を増やし、合格可能性をUPさせることができる。

 

つまり、経済的な格差が子どもの学力や学歴獲得に直結するため、教育において家庭の経済力が重要である。

 

「制度は平等、貧乏人でも勉強ができれば、東大に行って立身出世の道が開ける。」

 

かつてそのようなことを言われていた時代もあるようだが、現在、国立大学(私立ではなく…)である東大はお金持ちが半数を占めている場所である。もちろん、現在でも制度は平等であるため、貧乏人でも条件が整えば、東大に行くことはできるが、貧乏人の方が、そのハードルが高くなってしまっている。

 

ここで、一つ大事な点。

勉強にかけるお金の量と本人の学力向上が必ずしも比例するわけではない。

 

学力が下位層である子らは大抵「勉強はつまらない」「将来役に立たない」と学習意欲が低く、学力が上位層である子ほど学習意欲は高いことはすでに明らかとなっている。

 

「意欲の格差」と「学力の格差」は関連している。

 

そのことをふまえ、次のところでは単にお金の問題ではなく、「文化資本」の視点から説明する。

 

文化的資本の格差

初めに説明した経済的格差からの視点だけでは、お金持ちがいかに進学や学力獲得、そして東大への道が有利か、という話になってしまったが、ここで説明する文化的資本の格差の視点を理解することでもう少し複雑な背景を持っていることに気が付くだろう。

 

現在の教育では、その子供の家庭の経済力が重要になっていると説明したが、教育における「資本」とは”お金”だけではない。

 

経済資本のほかに、文化的資本も教育において重要である。

 

資本を分かりやすく言い換えると、新たな富・利益を生み出すことを期待されたあるいはそのために有用な有形・無形の「財産」である。

 

 

文化的資本とは。

フランスのブルデューが提唱した概念で、各人が保有する文化的財・文化的特性のことを指し、これを保有することが経済的な地位や利益の増大につながるとされるものである。

 

文化的資本をもう少しわかりやすく具体的に説明するため、いくつかの質問をする。

 

Q.あなたの部屋にはどんな本がありますか?

 

絵本、父の趣味で哲学書がたくさん、ミステリー、外国のもの、百科事典や辞書、漫画、本は家にない…等々様々な回答があるはずだ。

 

Q.家族全員で休日にお出かけするさい、どのようなところに行きますか?

 

劇場、動物園、映画、テーマパーク、山、海、海外旅行、でかけない…等々

 

家庭によってさまざまな回答があるが、問題なのは、その人の趣味や価値観が、社会階級・家庭の経済的状況と関連しているところである。

 

家にオーケストラに使うような管楽器・弦楽器があるという人の家であれば、音楽はクラシック系やオーケストラ系の曲を聴くことが多かったり、家族でオーケストラのコンサートを見に行きましたという経験もあるかもしれない。

大体そういう家庭は、親が大卒者でそれなりの収入があると予測できる。

 

親が歴史を好きという人の家であれば、家に歴史的価値あるものが保管されていたり、幼いころからテレビは時代劇をみていたり、博物館によく行く、などが考えられる。

 

反対に、親の好きなことは酒、パチンコ、競馬、仕事は適当に稼いで、スマホでゴシップを読む、家には漫画が数冊、という家庭もあるだろう。

ただのイメージではあるが、なんとなく、こういう家庭の親は学歴も収入も低く、粗野な言葉遣いをしていそうな気がしませんか。

 

何が言いたいかというと、「経済的格差」のところで説明したようにお金持ちと貧困家庭では子供の教育に対して投資できる「資本」に差がある。しかし、単純にお金の問題ではないといえるのは、文化的資本のあり様に格差が生じるからである。

 

例えば、お金持ちであっても、先祖代々の伝統と格式のある家柄であり、なおかつ資産家であるという場合と、運と実力で一代で築き上げた「成金」とでは、言葉遣い、振る舞い、教養などの点でどこか差がでるはずだ。

 

教育の格差

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重要なことは、必ずしも親が意識的に教育を施しているとは限らないという点である。

 

親が、子供に習い事に通わせるなど、持てる資本を子供に投資する場合もあるだろう。しかし、親や周囲の大人の振る舞い、期待に添うという形でその家において「当たり前」という状況をつくりだしている、家にある本を読むことで教養が身につく、家に飾ってある絵画によって美的センスの向上など、親や子供自身が意識的に学んでいるわけでもない場合が多々ある。

 

単に、お金があると教育にお金をかけられるから、子どもが優秀になるというわけではなく、経済的資本・文化的資本が豊富であることは、無意識のうちに子供の学力向上を手助けしているのだ。

 

このような形で、子どもの家庭の所属する階級に応じて、家庭の生活文化や教育行動が異なるため、就学前の段階から各個人の教育・学習経験には大きな差異が生じている。

 

帰着点

冒頭で紹介した上野千鶴子氏の”頑張ったら報われると思えるのは環境のおかげ”という鋭いお言葉は、現在の家庭環境における教育学の格差という問題を指摘しているといえる。

 

今回、日本の頂点を表す象徴的な存在の「東大生」の家庭環境に焦点をあてて、家庭環境と教育が直接的に、深く結びついていることを、経済資本・文化資本という視点から説明した。

 

けっして、東大生がお金持ちであるから、東大に入れたということを言っているのではない。

しかし、東大生の大半は恵まれた家庭に育っており、そういた家庭環境は確実に東大合格を手助けしているのだ、自分自身の努力だけではない。

 

こうした事実は、各個人の家庭環境によって学習におけるスタート位置はばらばらで、制度は平等であるが土台に差があることから、有利・不利という格差の問題が出てきてしまうのだ。

 

 

【まとめ】

・東大生の家庭環境は大半が富裕層である

 

・子供の教育の格差はその子供の家庭の経済資本の問題だけでなく、文化資本の多寡も大きく影響する

 

・経済的・文化的資本があることにより、意識的な子供の教育の投資だけでなく、親、子供自身が無意識に日々の生活から学んでおり、就学前から、教育の格差がある